生きるとは~一人暮らし初日を終える前に~

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どうも

駿介です。

今回はいまの僕の気持ちを残すためだけに記事を書きます。

いまはちょうど一人暮らし初日の22時。

自分で組み立てたスタンディングデスクで書いています。

この引っ越しを通して、そして今日1日を通して、

ありきたりですが「生きる」ことについて考えました。

生きるとは違いを知ること

みなさんはどんな時に「生」について考えますか?

悲しい映画を見た時

悲しい事件を見た時

楽しい物語を読んだ時

すごいスポーツの試合を見た時

目標を成し遂げた時

いろいろな時に「生」について考えると思います。

僕もそうです。

そして今日一人暮らしをしながら気づいたことがあります。

当たり前を改めて認識する時に、生を感じるんじゃないかということ

生きるとは当たり前のことです。

あなたはいまもその前も生きているからです。

僕が今日生きるということを一番感じたのが、

狭いシンクで洗い物と格闘している時です。

こないだまでの快適な日常

食事をしたら誰かが洗ってくれる日常

そんな日常と今を無意識に比較した時に、

「生きている」ことを感じました。

人は失って初めて失ったものの大切さに気付く

これはやっぱり真理なんだと思います。

当たり前は当たり前だからこそ普通は気づくことはない

普通じゃない=失う時にしか気づくことはできない

じゃあどうすればいいんでしょうか?

僕は変化し続ければいいんだと思いました。

たしかに実家は快適だった。

間違いなく一人暮らしをした方が、

お金もかかるし、ごはんもおいしくない。

それでも「経験する」って大事なんだと思います。

一人暮らしをしなかったら実家の快適さも親への感謝もいまよりは持てなかったから。

変化には勇気がいります。

でも変化しないと違いには気づけません。

違いを知って自分を知る

自分を知って好きと嫌いができる

好きだったら続ければいいし、嫌いだったらやめればいい

正解ではなくて「違い」を知る

それを繰り返すことが生きることなんじゃないかなと。

そしてその違いを持つことが「自分を持つ」とか「自立」とかなんじゃないかなと思います。

いろんなブログを読んできて、ブログ始めて3か月くらい経って今思うのが、

違いを伝えることがブログなんじゃないかなと。

全くまとまりがない文章ですが、

いまの生の感情がこれでした。

リライトすることもないだろうし、でも転機には読み返す文章になるかもしれないなと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

駿介はいましっかり生きています。

これからの社会人生活も変化です。

楽しんで生きていきます。

駿介

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